壁塗り苦痛伝(純文学風)

2016年5月28日

お世話になります。pontaです。
壁塗りだけが人生だ。それ以外のことはなにもせぬ。とかくこの世は生きにくい。

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もちろん、筆者としてはここでウィザードタワーを建てたの、かくしテスラを強化したのと発表して、攻略サイトの管理人たるゆえんを明らかにしたいのは山々ながら、一方、また、何としても事実を曲げる訳にはゆかぬ。実際、いまの私についてはただ無為にして壁を塗ったとばかりで、何一つ成し遂げていないのだから。

タウンホールをあげたい。ただ気ばかりが焦る。タウンホール強化費は400万と値が張る。しかし壁ひとつ300万、これを250個強化しようとしていることを思えばはるかにたやすいとわたしには思われた。

タウンホールをあげるのは素晴らしい。とくに、あげたばかりは。
金山も大砲も、レベル1の建築物であればどれもこれも一分程度で完成する。ここしばらく1、2週間も大工が拘束される苦難に耐えてきた身であるから余計に早く感じることだろう。
タウンホールをあげたばかりは、貪るように各種の設備を強化するのが常である。
クラクラをやっていて最も楽しい時期である。

これは何かに似ているなと私は思った。そうだ、恋だ、と。

結ばれる前は恋い焦がれる。結ばれたあとはただ貪る。最初は楽しい。楽しいのだ。恋もタウンホールも、変わりたてはとても楽しい。

だとするとただひたすら惰性で壁を塗るいまの私は、倦怠期か。
思わず自嘲した。

恋もクラクラも、倦怠期の方がむしろ長い。

何の変哲もない日々。少しも変わらないように見える村。日常のつみかさね。
ときおりあらわれる高額放置村だけがわずかに私の心を動かす。やったぜベイビー。

しかしそこで得られた40万の大金とて、300万の壁の前にはちりあくたと同じ。
稼いでも稼いでもわが壁は変わらず、じっと手を見る。アイフォンダコ。

いっそタウンホールをあげてしまおうか。
私の脳裏にインフェルノタワーの雄々しい姿がうかぶ。
たまらない誘惑にかられる。

しかしそこでわが村を見る。レゴ壁に囲まれた、見る人によっては豪華な、あるいは貧相な砦である。

次のタウンホールにあげるのはいい。だがそれからはどうなる。なるほどインフェルノタワーは私のものになるだろう。フリーズの呪文も手にするだろう。

だが設備をあげきったあとに残るのは、タウンホール8の放置村からの収奪率の低下だけではないか。そして魔物うごめくタウンホール10の世界で私は貧弱なレゴ壁とともに戦っていかねばならぬ。

わたしは決意した。惰性でもなんでも壁をあげられるだけあげようと。
どれほどの時間がかかろうとも、どれほどの労力がかかろうとも、わたしはこの壁を塗る。

わたしはそう決意すると、すでに白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、また、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

下人の行方は、誰も知らない。