クラクラの「ブログ」は「実況」に劣っているやいなや問題について

2016年5月28日

お疲れ様です、pontaです。

先日公表した、私のクソ実況・ドブザイヤーのクラクラ動画が大評判で驚きました。


サブ垢、ツイッターでもいくとこいくとこ触れられる。


うれしいっすけど、あんなもん、本職の実況者の方に申し訳ない。私が出張ると邪道が幅を利かせ始めるような気がして恐縮です。

悪貨が良貨の邪魔をしないように、実況はほぼしない方向でいこうと思います。


ただやっぱり動画の威力ってすごいですね。訴求力が、すごいです


とある人に「彼氏にPontaさんを紹介するときにこの動画を使います!」と言われて複雑な気持ち。

これまで書いたどんな文章より、3分で作った動画のほうが名刺として使いやすいという。

ありがたい。ありがたい。ありがたいんですけどね。


ただまあ自分自身、「この本面白いよ」って言われて読むことはめったないんですよ。

マンガとか映画は言われたら見るけど。ラクだから。文章は、能動的な努力が必要だから腰が重い。

特に新しい作家さんの本は、よいしょって腰をあげないと読めない。

文章はストレスがかかるものなんです。図書館の本をすべて読みつくした勢いの活字バカにしてこうなんです。

本を読む習慣のない人はもっとでしょう。

ブログはつらいよ。



 

思えば、自分が2015年に入ってからライバルとしてはっきり目指してきたコンテンツはブログというより「実況」だった気がします。


ブロガーをなめてるわけじゃなくて。自分の目標として、「動画」「音声」にまさる文章って何かなって追及するのが楽しかったっていうか。


センテンスを短くしてみたり、画像を大目に入れてみたり。タイトルを工夫してみたり。

そうすることで「受け手にストレスのかからないブログ」を模索したりしました。


「なんでクラクラ小説はアクセスが低いのー」って自虐的に言ってますけど、それ実はよくわかってるんです。やる前から。

小説なんて長文で、ふだん、文章を読まない人にとってみればストレスの極みですしね。


逆に、いまどき本離れの時代にいつもの半分でも、20000人に読んでもらえればありがたいくらいのもんで。


私は前職で作家さんやライターさんとお話しする機会が多かったんですがそこでも「やっぱり文章は絵や動画には勝てないよ」という話が出ていました。


ライティングを依頼してくるクライアントとか、内心「文章は誰でも書ける」とか思っているんですよね。イラストや動画と違って。


そう言われるとなんとも言えぬ。日本語は確かに誰でも書ける。


ぱっと見の力、訴求力がまるで違うもんね。


ただ、「文章は動画やイラストには勝てない」という言葉。


それは諦めとか自嘲じゃなくて。そこにいる言葉のプロたちはみんながみんな、言葉の力を知っているわけですよ。

誇りがある。矜持もある。


「不利だ。でもじゃあ、どうする」というところが出発点になって、いろいろ工夫をしました。


それがいまも続いている感じですね。


文字は不利ですけど。


でも私はブログが好きだし、他の媒体に劣っているなんて思ったことは一度もないですよ。そう、アフィリエイト以外は…。


ですんで、私はこれまでブロガーでしたし、そしてこれからもブロガーなんだと思います。


たとえば私は先日、繁華街でぐでんぐでんに泥酔したんですが、ブログはタクシーの車中で更新できました。

ほら!ブログはすごいだろう!すごいだろう!(涙目で顔真っ赤)


文章のいいところを書き出したらきりがないです。

あと、ブログブログゆーてますけど、ブロガーたるもの、基本はクラクラ馬鹿であるべしとも思っています。

これは私に限った話ですけど、クラクラを好き、という気持ちを、自分が好き、有名になりたい、という気持ちが追越したらダメだと思います。


私は自意識過剰の野次将軍、メンヘラ嫉妬狸の、でしゃばりクソ野郎ですけど、もしクラメンや読者の人に受け入れられてもらっている部分があるとすれば、そのクラクラに対する「好き」っていう思いが自分に対する執着をはるかに追い越しているからだと思うんです。


その原点を忘れかねない瞬間もあるかもしれませんが、そこははっきり「臭み」になるので自分自身、二度と読み返したくないエントリーになるかと思います。

クラクラは楽しくて素晴らしいゲームです。 


みんなといつまでもワイワイやれたらいいなと思いつつ、私は文章というものでそこに携わっていきたいと願いつつ。


そしてそれに誇りを持っております。


以上、よろしくお願いします。

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Posted by ponta