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【クラクラ小説】「TH8 ホグライダー」

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ここではない国。いまではない時。
勇敢な少女、ペトラルカ=チーフの物語。

この世界には、悪賢いゴブリンや、小悪魔ガーゴイル、強大な力を持ったドラゴンといった恐るべき種族は多々いましたけれども、全体をみれば「人間の世界」でありました。
背景

大地でその数の最も多いのは人間でしたし、文明を発達させているのも人間、そして、もっとも欲深く争いが好きなのもまた、人間だったからです。

この時代、人間たちは村同士で手を結び「クラン」という連合体をつくり、その勢力争いに日々、明け暮れておりました。

ペトラはすでに15歳。戦いにも慣れ、宿敵・ゴブリンの村につぎつぎ攻め入っては滅ぼし、その声望を日々、高めておりました。

しかし一方で、彼女の所属する「クラン」は弱く、他クランとの戦いには敗れ続け、勢威は衰えるばかりでありました。

ペトラの所属するクランは「飛ぶ狼」という名前で、そのリーダーはアクオスという中年の男でありました。

アクオスは、悪い男ではなく、求めればペトラの村に援軍を送ってくれる親切な男ではありましたが、ペトラからみれば覇気も統率力も知恵も足りないように思えました。

アクオスの無能に端を発して、「飛ぶ狼」所属の村の中には、対戦に参加しなかったり、参加しても適当な戦いぶりだったり、援軍を送らなかったり、最悪、統治を放棄され無人に近い村までありました。

ペトラ、そして同じクランに所属する青年ユリウスは、老アクオスにそれら放置村のクラン外への追放を求めましたが、どうしても承諾を得ることができませんでした。

アクオスの、「追放したら、他の村が動揺する」とか「彼らの心を傷つけたくない」とかいった一見まともで穏当な意見は、温情豊かに見えましたが、ペトラからすれば納得できるものではありませんでした。

アクオスの屋敷からの帰り途、ユリウスは吐き捨てるように言いました。

「要するにリーダーは、責任をしょい込む度胸がないんだよ。無気力なやつらを蹴りだしてクランを整備する覇気もない。これじゃ、まともに戦ってる俺たちが馬鹿みたいじゃないか」

ペトラは深くうなずきました。うなずきはしましたが、その時点で、「飛ぶ狼」から離れるようなことは考えておりませんでした。

そして、その次の週のこと。

クラン「飛ぶ狼」と、カール率いるクランの軍隊が接触したのです。

カールは以前、ペトラがグローバルチャット・シティで白マントの男・ルドルフともめていたとき救ってくれた恩義のある相手です。

大クランのリーダーでありながら、気取ったところがなく、感じがよく、みめよく、ペトラは尊敬さえしておりました。
加えてカールのクランの強さは四海に鳴り響き、不敗をたたえられ、その領土の広さはルドルフと世界を二分するほどと言われています。

どう考えても、半放置クランの「飛ぶ狼」に勝ち目はありません。

ペトラは内心、戦いたくはありませんでしたが、クランの一員として逃げ出すわけにはいきません。同胞ユリウスとともに、精強なドラゴンを大勢揃えて、戦場に臨みました。

ペトラがドラゴンの集落で集めた飛龍の群れは、いまや彼女の忠実なしもべとなり。
その指示に従って敵に攻めかからんと、じっと攻撃の合図を待ちかねておりました。

そして、ころやよし。ペトラの振り下ろした手に合わせて、空へ飛び立つドラゴンたち。風を切って、翼を広げ、カール軍の村に一斉に襲いかかっていきます。

全体ではカール軍には敵わなくても、局地戦では勝ってみせる。

これまで数多くの敵をほふってきた必殺の「ドラッシュ」にペトラは自信を持っていました。

しかし、その頼みのドラゴン勢が、敵の城近くに到達し、炎を吐こうと息を吸い込んだとき、城壁の奥深くに設置された対空砲から一斉に矢が放たれました。

その矢の数はペトラやユリウスの想定していたのとは、数も威力も桁違いで、空気をつんざいて竜の体に突き刺さり続け、そして竜は苦悶の声を上げ、撃ち落とされていきました。

顔がたちまち青ざめるペトラ。ユリウスが舌打ちをして言いました。

「やられた。対空砲をきっちり、整備してやがる。さすがだ」

カール軍は「飛ぶ狼」のドラゴン勢を最強の敵とみなし、対空砲をしっかり強化していました。

しかも対空砲は、ドラゴンの炎が届かないように、城の深奥に配置する念のいれようでした。ペトラのドラゴンがいくら精強とはいえ、これでは手も足も出ません。

ペトラは爪を噛んで隣に控える村人娘に、味方の村々の防戦状況を確かめました。

すると残念なことに、味方のことごとくはカール軍の一斉攻撃によって、すでに壊滅しきっていたのです。

しかもこちらの防衛の手薄な村から順番に、丁寧に、押しつぶすかのように。
燎原の火のように。津波が高地にせりあがるように。
効率的に、戦略的に「飛ぶ狼」の村々はなすすべもなく潰されていました。

その戦術には、カールの、姿は見えなくとも確かな統率力を感じることができ、いっぽうリーダー・アクオスからペトラへの指示はなにもなく。その一事だけ見ても、カールとアクオスの差を痛いほど感じられました。

戦さは一瞬で終わり…もはや戦いといえないほどの圧倒的な差を見せつけられ、「飛ぶ狼」は一方的な敗北を喫しました。

これが一流クランの戦い方かと、ペトラはしゃがみこみたいほどの屈辱と、衝撃を受けました。

敗戦後、すぐにペトラと青年ユリウスは、アクオスの屋敷に乗り込み、クランの改革を訴えました。

不戦村の追放、対空砲の整備、作戦の徹底。
この戦いで学んだことをすべてクランに還元しようとしました。

しかしアクオスは、「カール軍とうちは違う」「うちにはうちの事情がある」と、ぐだぐだ言うばかりで何も動こうとしません。

あれだけの差を見せつけられて、これだけこっぴどく負けて、まだこんなことを言っているのかこの人はと、ペトラは心底、呆れました。

そして次の瞬間、彼女自身思ってもいない言葉が口から飛び出したのです。

「わかりました。わたし、クランから出ます」

まずユリウスが驚いたようにペトラの顔を見ました。

アクオスも、それまでうすら笑っていた表情を一変させ、椅子から立ち上がりました。

「待ってくれ。変える。変える。クランを変えるから」

しかしペトラは黙って首を振りました。

アクオスは未練がましく、ペトラの腕をつかみました。この中年の男の手はしっとり汗で湿っており、ペトラは顔をゆがめました。

それを見たユリウスも不快な顔をして「色気づいてるんじゃねえよ、じじい」と言うと、急いでふたりの手を引き離すと、そのままペトラの手を引っ張ってドアの外へ連れ出しました。

ペトラはそのまま門の外にまで連れ出されました。

「離してよ」

「ああ、ごめん」

ユリウスが手を離すと、ペトラの掴まれた腕の部分は赤くなっておりました。

腕をさするペトラを見つめながら、ユリウスは思いつめたように言いました。

「ペトラお前、クラン作れ。どっかのクランに入るんじゃなく」

ペトラは驚いてユリウスの顔を見ました。彼の鋭い目は真剣で、冗談を言っている風でもありません。

「俺はお前がつくったクランに入る。そして。戦える軍団を作ろう。一緒に」

「わかった」

ユリウスがなぜ自分でなくペトラにクランを作らせたのか。

そして彼女がなぜすぐ頷いたのか。
あとから考えると不思議でしたが、このときのふたりにとってはこれが自然なやりとりなだったのでした。

それから日をおかず、ペトラは「灰色狼(グレイウルフ)」というクランを作りました。
「飛ぶ狼」の名前をもじって変えただけで、とりわけ深い考えがあったわけではありませんでしたが、ペトラの派手好みでない、「狼と言えば灰色」という率直な考えがそこには反映されておりました。

それからふたりと村人、そしてヒーラーは、グローバルチャット・シティで、クラン「灰色狼」に入る人間を探し始めたのです。



——————–

しかし、「飛ぶ狼」がまがりなりにも50村ちかくの所属していた巨大クランだったのに対し「灰色狼」はペトラとユリウスの2村のみ。

このような弱小クランに入ろうとする物好きはなかなかおりません。

通りすがりの旅人には、必死の勧誘を、笑われるか無視されるかのどちらかでした。
それにも耐えて勧誘を続ける一行。

まれに、年頃で美しいペトラに惹かれ、クランに入ろうとする不埒な男もおりましたが、それはことごとくユリウスによって追い出されるか、自分からすぐに出ていきました。

ユリウスいわく「女に惹かれてクランに入るやつなんて、ろくなもんじゃない」とのこと。

ペトラは「それもそうか」とうなずきましたが、そのたびに村人とヒーラーは顔を見合わせため息をつくのでした。

それから幾日も勧誘を続け、それでもクランの人数は増えません。

疲れ果てたペトラとユリウス、そして村人が川べりに座り込み、弁当がわりのビーフ・パイをかじっているところにヒーラーが戻ってまいりました。

ペトラがお帰り、と言おうとしたところヒーラーが1人でないのに気付きました。
彼女の後ろには、褐色の肌で半裸の男が立っておりました。

この世界で男の半裸姿は珍しくなく、とくに驚くようなことではありませんでしたが、目を引いたのは男の後ろにいる生き物、「豚」でした。

豚は紐でつながれず、まるで男の友人のような顔をして、その足元につき従っておりました。

その髪型もまた特徴的で、前髪を額に垂らし切り下げ、長い後ろ髪は背中まで垂れ下がっており、ある種、女性的でさえありました。

半裸の男は「ジャマル」と名乗り丁寧に挨拶をしたあと、ヒーラーの方を見ながら言いました。

「この、羽の生えた方が傷を治せる方と見込みまして、お頼みします。わたしの村に来てほしいのです」

村人娘は食べかけのビーフパイを口にくわえながら尋ねました。

「うちのヒーラーさんのこと知っているんですか?」

ジャマルはうなずきました。

「はい、酒と男にだらしなく、でも傷ついた人を見たらほおっておけない。癒しの手を持つ、元天使とうかがっております」

「これ以上ない端的な説明ですね…」

「こらっ」

ヒーラーが叱ると、村人はパイを口から離して、笑って小さく舌を出しました。

「けが人?」とペトラが水を向けると、ジャマルは事情を細かく説明しはじめました。

「先日、大いくさがございまして。そこでたくさんのホグライダーが…ああ、我々の一族のことは『豚に乗るもの』ホグライダーと申しますが、傷つきました」

ペトラはうなずきました。

「ホグライダーの強さは、先日の私のクランのいくさでも拝見しました。豚に乗り、城壁を乗り越えて襲いかかってくるあなたたちの軍勢は大変、恐ろしく感じました」

ジャマルは驚いたように言いました。

「おや、ペトラ殿はどちらのクランに所属で?」

「その時は『飛ぶ狼』というクランにおりました」

「おや、ではカール軍と戦われましたな」

「はい」

「我らの村はカール軍につき従い、あなたがた『飛ぶ狼』のあと、大国ルドルフ軍と戦いまして、それでたくさんのけが人を出したのです。その節は失礼しました」

「気にしないでください。」

ペトラは何でもないといった風に首を振りました。

そしてジャマルは恐ろしいものを思い出したように言いました。

「ルドルフ軍との戦いは、じつにじつに、酷いものでした。われらホグライダーの3分の2が倒れるか傷つくかしました。今でも数十人のホグライダーが傷を負って伏しております…」

肩を落とすジャマルを見たペトラは、おずおずとヒーラーのほうをのぞき見ました。
ヒーラーはペトラと目が合うと諦めたように肩をすくめました。

「行くよ。行くけどさ。行くけど。クラメン集めはいいの?」

「うん、私たちはここでしばらく勧誘を頑張ってるから。ヒーラーだけはけが人のところに行けばどうかな」

「おや、あなたたちはクラメンをお探しで?」

ジャマルの言葉にペトラがうなずくと、このホグライダーは嬉しそうに身を乗り出してきました。

「私たちはお金はありませんが、たくさんの村長の知り合いがいます。どうでしょう。ヒーラー様に我々の傷を癒していただけましたならば、お礼として、優秀な村長たちをあなたのクランに紹介することができますが、いかがでしょうか」

それを聞いた村人娘は両手の拳を握って「よしっ」と一声。

「こんなところで勧誘していてもらちがあきませんよ。ヒーラーさんにちゃちゃっと治してもらって、その優秀な村長たちとやらに、うちのクランに入ってもらいましょうよ。ね、ね」とペトラの肩をゆすりました。

ペトラとしても村人の意見に反対する気はおきません。ペトラと村人、ユリウス、そしてヒーラーの4人は、ジャマルに連れられて、ホグライダーの村に向かいました。

みちみち、一行はジャマルからホグライダーについて様々なことを聞き出しました。

ホグライダーは生まれたときから、勇敢な戦士であることが宿命づけられていること。
歯が生え換わるより前に豚へ乗せられること。
そして長じては、空高く跳ねる豚の背中に乗り、高い城壁もやすやすと飛び越して敵の施設を破壊すること。
しかし平時は豚に乗り、羊や牛を飼い育て、季節とともに住居をうつす、遊牧生活をしていること。

そしてその長い髪は力の源泉としてあがめられていることなどです。

ジャマルは長い髪をかきあげながら、誇らしげに胸を張りました。

「我らホグライダーはあなたがた人間よりも人口ははるかに少ないのですが、そのすべてが熟練した騎兵のようなものですから、いざ戦時には恐るべき戦力として、各地のクランに傭兵として駆り出されるのです」

——————–

一行が村に着くや否や、ヒーラーは傷ついた戦士たちを癒すため、取るものもとりあえず、村の施療院のほうに飛んで行きました。

その後ろ姿を見ながらペトラは感心したように言いました。

「ふだん、お酒ばっかり飲んで、だらしないけど。こういうところ、本当にヒーラーってすごいね」

「凄いんですよ、ヒーラーさんは」

なぜか村人が自慢げにそう言いました。

それから3日後、施療院にいる傷ついたホグライダーはことごとく傷をいやし、ふたたび戦場に出て行けるようになりました。

しかし、最後に1人、ウィリーという少年だけが怪我を治されるの拒絶したまま、施療院に残っておりました。

「あたし、体の傷は治せても、心の方は専門外だよ」

ヒーラーはペトラの肩に手をそっと置いてから、院の外に立ち去っていきました。

「え」

ペトラが院の広間に入ると、ウィリーは部屋の隅で一人、布団をかぶって背中を向けて横たわっておりました。

ペトラが少年に声をかけようとしたそのとき、扉が開く音がして、彼女たちの後ろから誰かが院の中に入ってきたのがわかりました。

一行が後ろを振り返るに、ひとりのホグライダーの男が立っておりました。

「でっか!」

ユリウスが驚いて思わずそう口走ったのも無理はなく、そのホグライダーは長身の彼より頭ふたつほど背が高いように思えました。
男はその総髪を赤く染め、後ろ髪は編み込んで腰まで垂らしておりました。

その丈高い体と、隆々とした筋肉はこの男が優れた戦士であることを物語っておりましたが、一方で、その眼はどこかさみし気でありました。

「ウィリー、まだ起きられないのかい」

男は少年に向けて優しく声をかけましたが、小さな背中をくるんだ毛布は動きません。

数秒の沈黙が部屋をつつんだのち、男はドアを押しあけて外にふたたび出ていきました。
ペトラたちはその場にいるのがはばかられ、施療院から外に出て、宿泊地のジャマル宅に帰ることにしました。

——————————-

夕方、ペトラはジャマルに少年ウィリーのことを尋ねました。
当初言い淀んでいたジャマルでしたが、何度かの問答ののち、重い口を開きました。

「ウィリーは、ホグライダーいちの勇士、モリスのひとり息子です」

村人娘は尋ねます。

「モリスって、赤い髪の男の人ですか?」

「お会いになりましたか」

「今日、その赤い髪の人が、ウィリーを訪ねてきていましたから」

ジャマルはため息をつきました。

「お気づきかと思いますが、ウィリーの怪我はもう治っています。本来、もう施療院にいる必要はないのです」

ヒーラーは少し咎めるように言いました。

「え。あんな小さい子も、戦争に出されたの?」

「いえ違います。戦争に出たのはあれの父親モリスです」

「ならなんで怪我をしたの?」

「モリスが踏んだふたつの爆弾のせいです」

ヒーラーは首をかしげました。

「意味がわからない」

「先日のいくさで、モリスはいつも通り、先頭にたって戦っておりました。豚に乗り、戦場で駆け回りました。誰よりも早く。誰よりも勇敢に。あの男ほど上手に、豚を使える男は、ホグライダー族といえども彼よりほかにおりません。しかし勇敢であるがゆえに彼は、まっさきに巨大爆弾を踏んでしまいました」

ジャマルはいっそう沈鬱な表情になりながら、テーブルの上で手を組んで話を続けました。

「その爆弾に巻き込まれて多くのホグライダーが傷つき、死にました。ホグライダーは爆弾に弱いのです。しかしモリスはたくましい男。彼だけは生き延び、彼の周りのライダーは死にました。しかしもちろん、それに対しモリスを恨むような戦士はおりませんでした」

ユリウスは鼻をこすりながら言いました。

「なら、別に…問題はないんじゃないの」

ジャマルは首を振りました。

「ですが、その死んだホグライダーの子供たちは違いました。父親を死に至らしめたモリスを深く恨んだのです。そしてその矛先は息子のあのウィリーに向いたのです。」
ペトラは目をつむりました。

「ひどい…」

「もちろん、ほとんどの大人たちはモリスを許し、かばい、ウィリーをいじめた子供たちをひどく叱りました。ただ中には、モリスの名声を妬んで、あることないこと吹聴する大人たちも少なからずおりました。子供たちが幼いウィリーへのいじめをやめず、さらに暴力を振るうようになったのもある意味、自然なことでありました。」

ヒーラーが吐き捨てるようにつぶやきました。

「いやな話だね」

「ウィリーはそれでも父親をかばい続けました。体の大きいいじめっ子に囲まれながらも、それでも自分の父親は勇者だと言いつづけてきかなかったのです。その結果。」

ジャマルは顔をゆがめました。

「ウィリーは足の骨を折られました。だけではなく、彼を恥ずかしめるために頭の両脇を剃られたのです。顔を腫らし、髪を剃られ、足を引きずって家にたどり着いたウィリーを見たモリスはすぐに、彼を傷つけた子供たちのところへ行き…、膝をついて謝罪したのです。そして自分は臆病者だと泣いて頭を地面にこすりつけ、二度と戦場には立たないと叫んだのです」

「…」

「ウィリーへのイジメはそれ以来、なりをひそめました。しかし自分の父親を勇敢なホグライダーと信じてやまなかったウィリーは傷ついたようで。あのようにもう施療院から出ようとはせず。一言も口を利かなくなってしまったのです。」

ジャマルはしばらく口をつむんだあと、言葉を続けました。

「明日、戦さがあります。われわれはカール軍の一員として戦います。モリスはおりませんが問題はないでしょう。おかげで、傷ついた戦士はみな治った。もうこれで結構です。お礼はさせていただきます」

ペトラは首を振りました。

「全員を治すまでは帰れない、あの子が元気になるまではこの村を立ち去れない。約束だから」

たとえその傷が、心の傷であっても。
そのような思いが、ペトラだけではなく他の3人にも共通してありました。

それを聞いたジャマルはしばし黙り、そのあとペトラに小さく頭を下げました。

——————–

その夜ふけ、なんとなく眠れないペトラ一行は連れだって、村に2軒ある酒場のうちの1軒に入りました。

その奥のテーブルにはあの赤い髪のモリスが座って、もくもくとスープを口に運んでいるのが見えました。

「とりあえず、ビール!3つ!」

ヒーラーがカウンター越しに店主に頼むと、ずかずかとテーブルに近づき、モリスの隣に座りました。それまでざわついていた酒場の話し声がぴたりと止み、店内の注目はヒーラーたちに集まりました。

「ねーあんた。息子がいじめにあってるんだって?」

元天使のガサツな言葉が、しんと静まり返った酒場に響きました。

モリスは眉をひそめて立ち上がると、「ツケといてくれ」とだけ言い残し、酒場を後にしました。

「どうするんだこの空気…」

あきれるユリウスに、ヒーラーは「さーね」とだけ言って、木のカップで受け取ったビールを1人真っ先にかたむけました。

彼女の口の端から泡がこぼれるのを見たペトラは、妙に腹立たしい気持ちになりました。

——————–

翌日。ふたたび施療院を訪問した一行でしたが、そこにウィリーはおりませんでした。

嫌な予感がしたペトラは4人で彼を探すことにしました。

屋根より高く浮きあがって視界を高くしたヒーラーが、きょろきょろ見回し、何かを見つけると急いで「こっち!」と建物の裏を指さしました。

地上の3人は急いでそちらに走っていくと、ウィリーが数人のホグライダーの少年に囲まれ、木の棒で小突かれているのが見えました。

なぜその少年がウィリーかどうかわかったかというと、その頭髪は、ジャハルの言ったとおり、頭部の左右だけそり込まれた珍奇な形になっていたからです。

「お前ら、何やってんだよ!!」

ユリウスが怒鳴ると、ウィリーをいたぶっていた少年たちは蜘蛛の子が散るように逃げ去りました。

「大丈夫?」

ペトラが近寄ってウィリーを助け起こすと、少年は彼女の手を振り払ってよろよろと、施療院の入り口とは逆のほうに歩き出しました。

「帰るのか?」

ユリウスの声を無視して歩き出すウィリーをほおってはおけず、一行がそのままついていくと、草原の中にポツンと建つ一軒の小屋にたどり着きました。

それはモリスとウィリーの家のようでした。

ウィリーが家の中に入ったのを見とどけたペトラは、建物に近づき、少しためらったあとドアを叩きました。

赤い髪のモリスが扉を開けて出てきました。ペトラは簡単に事情を説明しました。

「そうか…入ってくれ」

ペトラたちは部屋の中に通されました。

モリスとウィリーの家の中に物は少なく、整然と片付いておりましたが、部屋の隅にホコリが目立ち、木のテーブルはべたべたとしたシミで汚れておりました。

父一人子一人の家らしく、どことなく掃除の行き届いていない印象をペトラは受けました。

ウィリーはひとり、奥の部屋に引きこもっているとのことで、まずモリスはペトラに向かって頭を下げました。

「世話になった」

ユリウスが明るい茶色の髪をかき上げながら、少し皮肉っぽく言いました。

「ホグライダーの世界にもいじめはあるんだねえ」

「あるさ。人間の世界にも、ホグライダーの世界にも」

モリスは表情を崩さず言いました。

「豚の世界にもある」

「豚にも?」

「豚は狭い豚舎に大勢閉じ込めると、お互いの縄張りを守ろうとケンカを始める。気疲れさせると、他の豚の尾をかじる。大きい野原にいるときはそんなことはしないのにな。一緒だよ。人間もホグライダーも。豚もな。」

沈黙が室内をつつみました。モリスがウィリーのいる部屋の方を見て、言葉を継ぎました。

「あの子はもともと友達の多いほうじゃない。もともと、いじめられていたんだ。本ばかり読んで、戦士としての訓練を嫌がったのがよくなかったのかもしれない。母親を早くに亡くして、俺がすこし甘やかしすぎたのかもしれない。弱い子に育ってしまったよ。」

ペトラがあわてて首を振りました。

「そんなことないと思います。」

「何?」

「本当に弱かったら、あんな風になるまであなたをかばわないもの。簡単だもの。友達と一緒にお父さんを、モリスさんを悪者にするほうが簡単だもの。でもあの子はそうしなかったじゃないですか。お父さんを守ったじゃないですか。弱い子だって私は思わない」
「…」

「お父さんを好きで、守りたくて、あんなになるまで頑張る子が弱いはずがない。」

モリスは少しだけ唇を噛んだようにペトラには見えました。

ユリウスが尋ねました。
「だいたいなんで謝ったんだよ。息子の骨を折った悪ガキなんかに。」

「俺は臆病者だからな」

「でも、あんたがそう言ったから、ウィリーも裏切られたように感じたんじゃないか」

「嘘はついていない。俺は、あの子供たちの親の死を利用した臆病者だからだ」

モリスは震える声で語り始めました。

「俺は怖いんだ。巨大爆弾が。二連爆弾を初めて踏んだ。恐ろしかったよ。あんな爆風を見たことがなかった。仲間が吹っ飛んだ。俺だけ生き残った。思い出すだけで震えてくる。そして命が助かったあと思ったんだ。『ウィリーをひとりにしなくて済んだ』と。『ああ、もう戦わなくて済む』ってな」

モリスは拳をテーブルを叩きつけました。

「最低だよ。仲間が死んだおかげで俺はもう戦わなくて済むって安心したんだ。ホグライダーいちの勇士が聞いてあきれる。これがおれの正体だ。勇者の正体だ。いまも、戦場に出ないことを、あの巨大爆弾を踏まずにすむことを、心のどこかで安心している俺がいる。友人が死んだおかげで自分の息子と一緒にいることに安心している俺がいるんだ」

モリスは絞り出すように言いました。

「俺はあの子が誇るような父親じゃない…」

自嘲して頭を抱えて椅子に座りこむモリスに、何と言葉をかけてよいかわからないペトラでしたが、隣にいる村人娘が言いました。

「ここにいるヒーラーさんも同じです。昼間から酒ばっか飲んで、口を開けば悪口ばかりで、部屋が汚くて、タバコばっかり吸ってて、男にだらしなくて、おまけに見る目がなくて…ほんと、誇れるような人じゃないです」
「そこまで言うことないじゃないか」

口をとがらすヒーラーを片手で制して村人娘は続けました。

「でも、私の命を助けてくれました。天に戻れるチャンスを棒に振って、地上の傷ついた人たちを助ける道を選びました。人間って、誇れるような生き方をしてなくても、グダグダでも、ダサダサでも。でも、でも…胸を張ってほら、生きてる!」

「…それ…一体…何…?いいこと言ってる風だけど、実はぜんぜんいいこと言ってないよね…?」 

首をかしげるヒーラーを見ながら、ペトラは少し笑って言いました。

「爆弾なんて、怖くって普通だと思う。いやなことや辛いことから逃げたくなるのが普通なんだと思う。私もそうだもの。いつだって戦いの前は手が震える。逃げたくて逃げたくて仕方なくなるんです」

モリスは顔を上げ、ペトラのほうを見ました。

「でも、怖いことを乗り越えて戦う気持ちは、すごいと思う。尊いと思う。…恐れを知らない強い人の勇気よりも、臆病で、情けなくて、自分の弱さを知ってしまった人が、それでも大事なもののためにふるう、なけなしの勇気のほうが私は、好きだ」

ペトラは言葉を継ぎました。

「怖ければ戦う必要なんてないし…。逃げたければ逃げたほうがいい。でもこれだけは言わせて。臆病なあなたは、自分の弱さを知ったあなたは、きっと前より強いと思う」

「…意味がわからないな」

モリスはペトラのまっすぐな視線から目をそらして窓の外を見ました。

「今日は、いくさだ。みんな戦場にもう行っているだろう。もう遅い。俺はもう戦場には、出ない」

村人娘が首を振って言いました。

「人がいる。人の気配がします」

——————– 

一同が扉のほうを見るのと同時に、コンコンと扉の叩かれる音がしました。

モリスがドアを開けると、そこには20人からなるホグライダーの集団が立っておりました。

男たちの姿を見たモリス、そしてペトラたちは息をのみました。

男たちは全員、頭髪の両横を剃りあげた、ウィリーと同じ髪型となっていたからです。

先頭に立つジャマルが前に進み出て言いました。

「今日は、ウィリーに会いに来た」

モリスが家の奥からウィリーを呼んできて、小さなウィリーがおずおずと扉の前に出ました。

「すまなかった、ウィリー」

ジャマルは頭を下げました。

「改めて言うが、この前の戦いで仲間の多くが爆弾で死んだが…その責任はモリスにはない。モリスは運が悪かっただけだ。いや、勇敢だっただけだ」

ジャマルは続けます。

「だから、お前の髪を剃った俺たちの息子のやったことは間違いで、お前は何にも恥じることはない。恥じる必要はないんだ。少なくとも、あの戦場にいた戦士たちで、お前の父を恨むものはいない。死んだ者も含めだ。これは間違いない」

それを聞いたモリスは唇を引き締め下を向きました。

「だからこの髪は、俺たちの、ウィリーへの謝罪であり、モリスへの友情の証だ。そして、父親を守った小さな勇者の、勇気の証だ。俺たちはこの髪を誇りに戦場に向かう」

ジャマルは熱を込めて言いました。

「お前の父ちゃんを誰も恨んでいない。誰よりも先に、あの爆弾を踏んだお前の父ちゃんを、俺たちは誇りに思っている。お前の父ちゃんこそ、ホグライダーの中のホグライダーだ」

それを聞くとモリスは黙って家の中に引き返し、扉を閉めました。

「父ちゃん!」

しばらくしてモリスは、頭髪の両側を剃りあげた姿で、笑顔で扉から出てきました。

そう、小さなウィリーと同じ姿で。

「俺も行く」

モリスはすがすがしい顔でジャマルにそう告げた後、小さな息子に向かって、「正直に言うぞ。ウィリー」と語り出しました。

「父ちゃんは怖い。怖いんだ。爆弾を踏むのが怖い。踏んで仲間を巻き込むのも、自分が傷つくのも怖い。そして何より、お前を一人ぼっちにするのも怖いんだ」

ウィリーはモリスの目を見て逸らしませんでした。

「でもな、俺はホグライダーだ。勇敢な、誇り高い、ホグライダーの一族だ。だから父ちゃん、お前に逃げっぱなしの姿を見せておくわけにはいかないんだよ」

ウィリーは父の目を見つめたまま、表情を変えず、涙をゆっくりあふれさせました。

モリスは穏やかに笑いながら、ひざまづいて、両手を広げると、優しく息子を抱きしめました。

そしてゆっくり離れると、家の壁に立てかけてあったハンマーを手に取り、家の前に並ぶ戦士達につぶやきました。

「行くぞ」

男たちは鬨の声を上げ、武器を持った手をおのおの天に突き上げ応えました。

そして、それぞれの豚に飛び乗ると、手綱を握って一目散に戦場に翔けていきました。

背景3

豚の群れが丘の向こうに消え、見えなくなったあと、残ったペトラはウィリーの肩に手を置きながら言いました。

「あなたのお父さんは、やっぱり勇者だ」

少年は、はにかんで、でも心から誇らしげに笑いました。

ペトラはその美しい髪を風になびかせながら、空に向かってつぶやきました。

「追いかけようか。ドラゴンに乗って。今なら間に合うから。」

——————–

ドラゴンに乗ったペトラとウィリー、ユリウス、ヒーラー、村人娘が戦場についたとき、すでにホグライダーは戦闘状態に入っておりました。

ホグライダーは高く黒い壁を豚とともに乗り越えながら、弓兵塔や隠しテスラを次々と破壊しておりました。

とりわけモリスは勇敢に豚を駆り、戦場を横断し、敵の施設を破壊し続けていました。

そして、村の中心部。ぽっかり空いたスペースを見たモリスは、ひとつうなずくとひるむことなくそこに踏みこみました。そして巨大爆弾を踏み、爆発しました。

勇者は吹き飛ばされ、地面にたたきつけられました。

仰向けに倒れ、ぴくりとも動かない赤い髪のホグライダー。小さく悲鳴をあげる飛竜に乗ったウィリー。

ペトラはそれを見るや、急いで懐中から黄色い瓶を取り出し、地面に向かって投げつけました。

その瓶が弾けるや、黄色い癒しの光があたりに広がり、みるみるモーリスの傷がふさがり、その体に力が戻ってきました。そしてモーリスの目がゆっくりと開きました。

「いいよねえ。ヒーリングって」

ヒーラーが笑って言いました

「傷ついても、治してくれる。倒れても立ち上がらせてくれる。だからアタシは人を治すのが好きだし、治った人を見るのが好きなんだ」

ペトラはうなずいてモリスたちホグライダーに向かって叫びました。

「爆弾なんか、なんだ!!踏むのがなんだ!あたしが何度だって治しげあげるからね!」

モリスはゆっくり立ち上がるとハンマーを拾い、ふたたび豚にまたがり、勢いをつけて敵の大砲につき進んでいきました。

ペトラ は大きな声で叫びました。

「いけ!モリス!ホグライダー!」

そして、モリスが雄たけびとともに振り下ろした鉄槌で、最後の大砲はこなごなに砕け散りました。

その力の一撃でいくさの勝敗は決まりました。

ドラゴンの上で、父の戦いぶりをみながらウィリーは静かにつぶやきました。

「父ちゃんみたいなホグライダーに、なりたい」

ペトラはウィリーの肩を抱き寄せ、笑って言いました。

「なれるよ。きっと」

残る施設を破壊しようと砦の中を縦横無尽に飛び回るホグライダーたちの姿を見ながら、ペトラたちの乗ったドラゴンはゆっくりと旋回してその場を立ち去っていったのでした。

<つづく>

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コメント

  1. せつな より:

    泣いた…
    ホグライダーの物語、ステキです。

  2. クラメン より:

    もう2連巨爆が置けない…

  3. 通りすがりのクラクラ民 より:

    ホグライダーを援軍釣りだしに軽く捨て駒
    に使っていた自分を後悔した。
    ホグライダーは真の戦士
    ホグラッシュしようと思えた

  4. ゲイライダー より:

    ホグライダーはゲイだなんて言ってスミマセンでした、陳謝しますm(_ _)m

  5. ドフィ より:

    凄い。。。
    ホグライダーが嫌いと言ってたのに
    ここまで作り上げるとは。。。
    1話1話読み応えがあって良いと思います!!
    残り2話かな??楽しみにしてます!

  6. sunny より:

    もっとホグを大事に使わなくては、と思います

  7. たま より:

    Th8シリーズ。ペッカ、バルキリ、ゴーレム編成期待してます♪(威圧的

  8. リク より:

    とりあえず巨爆全部はじっこに寄せときます。

  9. kiyopy より:

    感動しました(´;ω;`)
    最近ホグをlv5にして、
    ゴレホグの練習してます。
    最後のヒーリングあたりで、
    モリスがモーリスになってますので、
    一応指摘しておきます(`・ω・´)キリッ

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