私事ながら、どん底の話


お疲れ様です、pontaです。

 

今日は私事について。

「おっさんの自分語りキモイ」とか思いながら聞いていただければ。

 

私の仕事はプレゼン、トレーニング、セールスです。1人から200人くらいの前でくっちゃべることを生業としています。

 

新卒のときは出版社に就職したのですが出版不況もあり転職。現職で糊口を凌いでおります。

 

そして昨年、働きを評価され20人くらいのグループのリーダーに抜擢されました。

 

 

クラクラでたとえれば、加入一週間でヒラからサブリーダーになったようなもんです。出世欲はないほうですが、誰かに認められるというのはうれしいもんです。

 

私が任されたのは、新卒1年目が7割、残りの3割が3年目以内というフレッシュ杯過ぎるグループでした。炎上必至案件です。

 

どうしてそうなったかというと、前任者がアレでベテラン勢をアレしちゃったからです。察してください。

 

この世界の片隅の、焼け野原にこつぜんと立つ俺。

 

任された目標は前年比1.5倍。製品は落ち目。

 

「それでもpontaなら・・・pontaなら何とかしてくれる」といったキラキラした社内の目。いやいやいやいや無理だから。無理無理。仙道の髪の毛も横に寝るレベルの難行であります。

 

とも言えずじっと手をみる。

 

その辞令を受けた日、2015年5月。まず思い浮かんだのはクラクラのこと。ちょうど第三子の妊娠発覚とかぶっており、正直、ゲームをやってる場合じゃねーと思いました。

 

「クラクラ引退」が頭をよぎる中、まったく同日に公式さんからのDM。

 

「会いませんか」とのこと。

 

その場でゲームショウ出展のアイディアをうかがい、協力を要請いただき、ともあれ2015年9月まではクラクラをやってみようと思い直しました。

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目の回るような日々。

 

部下は新人ぞろいですから、クラクラでいえば援軍誘導をせずに全滅を繰り返します。

 

「ドラゴンください(0/15)」を1日10回くらい耳にします。

 

ゴブリンラッシュで対戦に臨みます。

 

格差マッチ。連戦連敗。ギギギ。

 

対戦ログに並ぶ惨敗の履歴に、上層部からの叱責。日に日に厳しくなる社内の目。

 

つるし上げられて顔が真っ青。

会議のさなか、クラクラ内で知り合った人たちの顔を思い浮かべる。

 

「ドズルくんなら、ひーらぎさんなら、うまくやれただろうか。ドフィさんなら強気に言い返せただろうか。俺は無能なんだろうか」と。

 

自信?そんなもん、ありませんよもう(笑って肩をすくめるしぐさ)。

月日は流れ2015年12月末、第三子が生まれる直前になって、さすがに限界になってここで一度、クラクラ引退を決めました。

ただまあ、家でクラクラできなくても、昼休みや通勤時間を使えばブログを書けるかなあと思い直して、続行。

思えばここが業績も底でしたね。

 


社内の目の厳しさたるや、対戦でヒーローを寝かせたまま敵の村を攻めちゃった馬鹿への目を彷彿とさせるものがあり、日々是死んだ魚の目で生きていました。

 

リアルヒーラーですよ。いやまあ、翼は生えてないけどね。どっか飛んでたけどね生えてたら。

 

そしてついに私、このへんで「できないものはできない」と開き直りました。


「落ちるところまで落ちた」という社内評価のもと、だったらもう上がるだけだよねと思い直したのです。

そしてふと、考えてみれば私はリアル部下に「言葉」をかけられてなかったなと思いいたり、メールを送りはじめました。


いわく、業績を上げられないのはひとえに私の無能ゆえであり、部下メンにはなんら責任がないこと。

仕事を楽しんで欲しいこと。

ただし、私に聞いて解決して済ますのではなく、まず自分の頭で考えてから動くこと。

 


一人一人の個性にあわせ、自分の文章力の限りをつくしてメールを送りました。

言葉の力を信じた、というかまあそれくらいしかやることがなかったんですが。

 


それからというもの、雰囲気は上向きました。徐々にですがみなの顔が明るくなりました。言葉というより、「俺、つらい」という本音をぶつけたのがよかったのかもしれません。


結果、会社の定めた目標からははるか下回ったものの、前年比でいえば5%upというところまで盛り返してシーズンを終えることができました。アレな製品の撤退戦にしては、上々すぎる結果でした。


ただし私は責任を取ってリーダー職を解任。


「がんばらなかったね」という評価とともに。

「がんばってこれです。これが私の精一杯でした」という言葉を飲み込んで私は笑顔でうなずく。そしておっさんトイレで泣いちゃったよ。

 

この1年、これまでの人生にないくらいがんばって、がんばって、それで評価されないのは初めての経験で、さすがにきつかったです。さぼって貶されるのはしゃーなしですが。それにしても。これがTHE・社会人。

 

人は結果しか見ないのです。それでいいし、そうあるべきなのでしょう。

 


そして社内異動。もはや誰からも期待されず、年下の上司のもと、厄介者扱いされながらの再稼動となります。

それが今年の6月。

 

ここでクラクラ本引退を決意。例のやつ。家庭はもともとキャパオーバーでしたし、仕事的にも本腰入れてやってみっか的な。

これまでクラクラの片手間でやってた仕事ですが、本腰を入れたらどうなるか見せてやるぜ!といった心意気。

 


働いて、働いて、働いて。ときおりウツになりながらも働いて。

 

それから半年の今日。個人成績で、全国トップで表彰されました。

 

また、手がけていた新製品もヒットを記録しました。

 

後輩指導も最高評価をもらいました。

 

トリプル受賞的なアレをいただきました。

まっくろくろすけからのキラキラです。うれしいです。おっさん泣いていいかな

 


これで気を抜くわけにはいきませんが、ちょっと一区切りついたのでご報告まで。


もし、いまダサダサの人がいても、それは一時期であり、まあ死なずに生きれば何かいいことがあるんじゃないと言いたいです。


無理にがんばる必要はないです。結局ひとは、持ってる能力以上も以下もできないので、そこは開き直って、自分を出すだけだと思います。ペッカはバルキリーになれないし、ジャイアントとウィザードの良さは別のものだからです。


そんなことを言いたいっす。

そしてこの1年、リアルで周囲からアレなことを言われて気持ちが折れそうなときに支えになったのは家族もそうですが、クラメンのみんなのおかげです。


みんなが、LINEやゲームのむこうで待っていてくれる、というのはいつだって泣きそうなpontaさんの助けになりました。

 

リアルへの負担がでかすぎて、離れようとした、捨てようとしたクランにリアルを助けてもらったのは皮肉なもんです。ありがとうございました。ほんとうに。申し訳ない。ありがとう。申し訳ないありがとう。

何より、プライドがずったずたのボロボロに折れそうなとき、偉いおっさん(激おこ状態)の揃った会議で

「僕は、僕は、群馬帝国遠征軍初号機のリーダー、碇ポンタです!」

と内心胸を晴れたのはぶっとい支えになりました。

かっこわるくも、かっこいい思い出です。

そして今、上記幾度かの引退を経て、こうしてクラクラをちんたらやっています。

 

引退詐欺と揶揄されながらも、「Twitterしかやってない」とロマさんにいじめられながらも、クラクラが盛り上がるためにソロモンよ私は帰ってきた。

 

そして裏でいろいろごそごそやってます。

別にクランのためとか友人のためとか恩着せがましいことを言うつもりはなく、自分が楽しいからやってるだけなんですが、やはりそこにはどこか「恩返し」の思いがあります。

 

配当3%のレベルで、「本当に苦しいときに支えてなってくれたクラクラとクラメンとライバルたちのために」というのがどっかにあります。

 

ありがとうの気持ちをこめて。

 

楽しみに待っていてください。


なお残りの97%は自分のための模様。


以上、よろしくお願いします。

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Posted by ponta